猫とおばあちゃんの一席

2018年9月26日

本日、朝一、遺言の打ち合わせに94歳の女性宅へ。打ち合わせは4回目?

 

ソファーに座ると、「先生の苗字、金氏でしょ? ずっとお宮さんかな?お寺さんかな?って思ってましてん」と。

 

「はい、寺ですね。実家が。能登の方ですけど」

 

これで、依頼者さんの何かスイッチが入った。宗教観というか、人生観というか。

 

 

「先生ね、私、猫1匹と暮らしてるでしょ? 猫って何もなつかんもんやけどね、それでも年に3回4回は病院に連れていかなあかん、爪切ってもらったり、すぐそこやけどね。そしたら、今日は検査もしましょうって言われましてん。「お願いします」って言ったら、チューって血取ってましたわ。13000円ですって。私、「そりゃ人間様より高い」って言いましてん。そしたら「これね、別の所に送って検査してもらうからや」って言われたからね、「先生、なら抜いた血元に戻して」って言えんでしょ。仕方ないから、払いましたわ、財布空になってもうた」

 

 

さらに続く。

 

「猫って盛りがあるでしょ。どっか近所の猫もやってきますんや。あっち行けって怒りつけてやったら、うちの猫が自分を怒ったと思って、爪立ててきますんや。ほら爪こうなってるでしょ。もの凄い血でましたよ。それから怒らんと水かけて追い払おうと思いましてね、先生。ホースやったら準備してるところで、猫もやられると思うからダメ。それで平和堂のおもちゃ屋に水鉄砲を買いに行きましてん。見つからんから店員さんに「水鉄砲ある?」って聞いたら、「今は置いてないんですけど、お孫さんにですか?」って。「なんもや、猫にや」って言ったら、「へえ、猫にですか?」って・・・・・・」

 

 

さらにいく。

 

「猫に餌あげんといかん。「とといるか?」って聴くと、ちまーとして、くれるの待っとるわいね、先生。ほらこんな小さい煮干しみたいな魚売ってるでしょ?袋に入って。頭とか尾っぽ付けたら消化に悪いかと思って、取ってやるんですよ。そしたら、こーんなもんや。それを見た近所の人が、「何やいね○○さん、そんなに小さい魚の頭と尾っぽを取るんかいね」って笑ってましたわ。でもね、先生、どんな生き物でも大切にしないとあかんと思うんですよ。私。庭の木も青々として、あれを根元から切るなんてしたらあかんと思うんですよ。」

 

「3日4日ほど前にね、庭で水やっとったら、こんな小さいアマガエルがおりましてん。ああ、水にあたらんと死んでもうわって思ったからね、頭から水をかけてやりましてん、先生。その後も、あのカエルどこに行ったかな?って翌日もその次の日もこうやって草かき分けて探してみたんやけど、どこにもおらん。そしたら向かいの人が「○○さん、ピョンコちゃん、うちの鉢植えにおるよ」って。「あら、ピョンコちゃんって誰やいね?」ってついて行ったら、「何言ってるん、○○さんが探してたやつやがいね」って言うもんやさかい、覗いてみたらこんな小さいカエルがこんなんして座ってたわ、先生。あのカエルかどうかは分からんかったけど、「本当やね」って言いましたわ」

 

もっと行くよ。

 

「でもね、先生、こうやって声かけてくれるって、本当に嬉しい。気持ちがないとできないですもんね。私、よう声かけられますのんや。外行ったら。私は憶えてなくて、「あんた誰やったけ?」って言うけど、あっちは憶えてくてれる。私ね、敬老会とか行くの大好き。隣りに座った人と、お酒飲みながら、あーでもないこーでもない話するの大好き。私の周りだけ、ビール6本も7本も並んどる。一人で寂しそうに座ってる人もおるけど、あーでもないこーでもない話するのも大事や思うんです。そしたら、○○さん面白い人やって憶えてくれる。また声かけてくれる。だから敬老会は行きたい。先生、100万円あっても、健康じゃなかったら行けん。健康って本当大事。昔は、若いころはそんなこと思わんかったよ。でもこの歳になったら、明日は分からん身になったら、本当にそう思う。私は、幸せやと思うんよ、先生」

 

最後、

 

「そうか、やっぱりお寺さんやったか。△△さん、先生を紹介してくれた人。あの人も理屈なあ人や。「○○さん、何も心配せんでいい、困ったことがあったら、先生がいいがにしてくれるから」と言ってくれた。でもね、先生、私もこの歳まで生きとる。△△さんに言われんでも、自分の目で見たら分かる。信頼できる先生かどうか。」

 

 

こんな感じで、○○さん、御年94歳の落語というのか、漫談は終わった。

 

なぜか?

 

泣きそうになった。

 

 

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与える側

2018年9月25日

先日、東京出張中。アポとアポの間に2時間半ぽっかり空きまして。

 

街を歩いていると、「献血お願いします」の声が聴こえてきた。

 

普段なら素通りするところだが、そこはぽっかり時間。

 

 

私、人生で献血をしたのは、たった1回。

 

確か、高校生の頃、献血ができる歳になったとき、通っていた高校で。

 

その際、「O型ですね」というショッキングな宣告。

 

うちの家族は皆B型。私を産んだ母親が「おまえもB型だよ」と言ってたんだから疑うはずもない。

 

思春期にあって血液型というのは結構大事だったりする。

 

好きな女の子との相性を血液型で占うなんていうのは、避けては通れない道であったはず。

 

おお、相性良いじゃん! えっ、そうでもないの? という思春期の一喜一憂を返して欲しい。

 

そのショッキングな宣告のせいか否かは分からないが、

 

たぶん否、その後の体育の授業のせいだと思うのだが、

 

帰宅した私は、気分が悪くなり寝込んだのである。

 

この出来事があって、献血をしたら気分が悪くなるというトラウマが植え付けられた。

 

 

まあ、あれから20数年。

 

何となく大丈夫だろう?という気になっていた。

 

1か月ほど前に受けた健康診断はオールA ちょっとした自信が私の背を押す。

 

案内された血液センターに向かう。

 

血圧を計る。緊張のためか?若干高め。

 

問診的なものをタッチパネルで回答。

 

水分と栄養の補充。

 

リクライニング的なイスに座り、恐る恐る献血開始。

 

テレビを見ながら、10分弱で終了。

 

20分ほど、水分を補給しながら休憩。

 

 

変わった。

 

私は変わったのだ。

 

与えられる側から与える側に。

 

ピーマンが嫌いだった子どもが、大人になって大好きになったように。

 

それは実に清々しい体験であった。

 

ちなみに、やっぱりO型でした。

 

思春期じゃない私にはどっちでもいいけど。

翌日行った、井の頭公園。こっちも清々しかった。

 

 

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